毒親持ちだけど毒親になりたくない

二人の子をもつかあちゃんです。いわゆる毒親と言われる母親を持ってることに最近気づきました。毒親生まれ毒親育ち、そんな私の過去の話、現在の話を書いていきます。毒親もちだけど前向きに楽しくいきてますよーー!

母の幼少時代

こんにちわ!

毒親うまれ毒親そだち次女のM氏です🙌

 

15歳で子どもを授かり

4人の子を産んだ母の話です。

 

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私の母親はいわゆる毒親と呼ばれる人ですが

彼女の過去もそこそこに大変だったということ。。

 

母が4歳くらいのときに自営業を始めた祖父母

保育園よりも幼稚園が主流の時代だったため母も幼稚園

お店は基本夜。

昼間も営業しているときもあったため一人っ子の母は

いつも一人

 

そのころ日清カップヌードルが世に出回った

 

「なんて素晴らしいものなんだ!!!」

 

とほぼ3食カップヌードルを食べながら幼少期を過ごしてきたそう。

 

夜になってもひとり

小学生くらいになると自分の部屋まで電話線を引っ張り

友人に電話したりで夜を過ごしていたみたいです。

 

母は一人っ子だったしお店もそれなりに繁盛していたので

ほしいものはなんでも与えられていました。

生き物も洋服もほしいものすべて。

 

そして基本的に母以外誰もいない家

なにをしても怒られない

わがまま自己中の母がつくられていきました

 

しかし14歳の時に祖父が病に侵され帰らぬ人となりました。

(なので私たちは会ったことがありません)

 

原因は癌。

 

それでも余命宣告されてから4年くらい闘病生活を送っていました。

 

この闘病期間中に祖父が祖母と母のことをよろしく頼む

 

と託していた人物がのちのちの私たちが知る義理祖父になります。

 

祖父が亡くなった後まもなくして祖母と義理祖父が再婚しました。

母は自分の父が亡くなったあとですぐに現れた義父のことを

受け入れられなかったようです

 

そのとき自身も中学校生活がうまくいかず仲の良かった友人たちと

引き離され孤立してしまい不登校になります。

逃げ出すように私たちの父と既成事実をつくり

そのため15歳で妊娠なんてことになったそうです(笑)

 

これを笑いながら話されたときには

絶賛思春期だったため結構ドン引きしましたが

今思うとあまりにも清々しいのでじわじわ笑えてきますww

 

そんな母15歳で妊娠していたため学校にほぼ行ってなかったので

義務教育にも関わらず中学残留していたなんてことも後々わかります。

 

先生方もこのおかあちゃん相手に苦労しただろうな~

なんて思ったりもします(笑)

 

しかし母も母にしかわからない苦労を経験して

今があるんだろうなとも思えるくらいに私も成長しました。

 

それでもやっぱりしてやられた過去は消えることはありません

 

些細なことがやられたがわからしたら

大きな傷になることがあります。

 

私も自分の子どもたちに

そんな思いをさせないように

気をつけています。

(そこまで気にはしてないけどw)

 

 

こういう育児がいいとか

ああいう育児がいいとか

いろんな方法がネットやいろんなところに

転がっていますが、母も父も

頑張りすぎる必要はない。

 

彼らが笑顔で毎日楽しく過ごしていること

 

ここが一番重要だと思っています。

 

いっくらお金かけても(かけられてもw)

覚えてないしね☝️

 

彼らの笑顔を奪うことを

母親の私がしないように心がけます!!

 

今日も読んでくださり

ありがとうございました🙇✨✨

 

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