毒親持ちだけど毒親になりたくない

二人の子をもつかあちゃんです。いわゆる毒親と言われる母親を持ってることに最近気づきました。毒親生まれ毒親育ち、そんな私の過去の話、現在の話を書いていきます。毒親もちだけど前向きに楽しくいきてますよーー!

母がいないときは

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こんにちわ!

毒親生まれ毒親育ち

次女のM氏です🙌✨

 

15歳で子どもを授かり

4人の子どもを産んだ母の話です。

 

 

基本的に平気で子どもたちを置いて

出かけてしまう母。

 

 

そういう時に面倒みてくれてたのは姉でした。

 

私はもちろん記憶にないのですが

私や弟のおむつ交換やミルクとかまでやってくれていたそうです。

 

あるとき3人でお留守番していると

一本の電話がなりました。

電話をとったのは姉です。

 

電話の内容は

 

「今すぐ家の目の前の公園に

100万円もってこい!

持ってこなければぶっ殺すぞ!!」

 

私が1年生くらいでしたので

姉が5年生。

下の弟はまだ4歳。

 

そっとベランダの外を姉が覗くと

それらしき男性が立っていたとのこと。

 

姉は怖くなったのか青白い顔をして

全てのカーテンを閉め

鍵をかけチェーンをかけ

電気を消して

 

姉弟で布団にくるまり

静かに母の帰りを待ちました。

 

幸いなことにその後なにもありませんでしたが

 

小学生と未就学児だけでいた自宅。

(もちろん夜)

どれだけ怖かっただろうか。

 

私はまだ1年生だったため状況は把握できて

いませんでしたが、

姉が本当に怖くて怯えていた様子は覚えています。

 

当たり前のことですが

夜幼い子どもたちを置いて出かけるなんて

やってはいけないことです。

 

どうしてもでなければいけない用事があるなら

誰かに頼りましょうよ。

そのために近隣の方とママ同士と

顔見知りを作りましょう。

子どもたちを一人にしないでください。

どれだけ心細いか

それは大人にも計り知れないです。

 

 

 

そうやって少しづつ少しづつ

心に傷を負っていた姉がのちのち

私の毒姉として登場してきます。

その話は後ほど。

 

 

この頃は家庭内に固定電話があることが

当たり前の時代だったし

小学校では連絡網もあったため

個人情報ダダ漏れだったんだろうなと思います。

 

母が帰ってきて安心したのか

涙を流していた姉。

 

どんなお母さんでも

どんなおかしな人でも

子どもは母が一番安心するんですよね。

 

そして大好きなんですよね。

 

今思っても姉は私以上に辛い状況に

なんども陥っていたでしょう。

 

それでも母が大好きなんだって言ってました。

 

それは本当にすごいことでもなんでもなくて

 

当たり前の感情なんですよね。

 

どうか子どもたちに心の傷を

与えないであげてください。

 

どんなことをされてもどんな言われ方をしても

 

子どもたちはあなたを愛しているのですから。

 

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